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刻印 

その子に会ったのは
まだ医者になって日が浅い頃だった。
母親に連れられて診察室に入ってきた女の子は
ニコニコと愛らしい笑みを浮かべていた。
「こんにちは」
椅子に腰掛けると弾けるような声で挨拶。
「元気良いね。今日はどうしたの?」
私の質問に、困ったように母親を見上げる。
見ると、同じように母親も困ったような顔をしていた。
「あの・・・」
「はい。どうしました?」
「見ていただきたいのは、指なんですが」
「指ですか」
女の子はもみじのような手を広げた。
思わず息を呑む。
女の子の両手の指先のすべてに
何かの印のような傷がついていた。

母親の話によると
傷がつき始めたのは、何時頃かはわからないが、だいぶ前かららしい。
気がついたときはすでに数本の指に傷がついていた。
長い間気がつかなかったのは
女の子が痛がらなかったからだと言う。
「痛みを感じない体質なのかもしれないですね」
「そうではないようなんですよ」
普通にどこかにぶつけたり転んだりすると痛いようだし
指先だけが無痛というワケではなく
「ドアにうっかり指をはさんだときはものすごく痛がって」
そのときは病院に行き、治療してもらったが
その傷はこんな風に残ってない、と不思議がる。
ということはこの傷は、痛みのない傷なのか。

よく見ていてあげてください。
母親にそう言うしかなかった。
「いつ、どんなときにどんな風に傷がつくのか
この子のことをよく見ていてあげてください。」
母親は深くお辞儀をして出て行った。
女の子は微笑みながらバイバイをしてくれた。



「先生。私、医者になろうと思うんです」
「医者に?」
目の前の少女は真直ぐに私を見つめている。
バイバイをしてくれた時と同じように
彼女の指先にはいくつもの傷。
指先だけではなく、手のひらにも手首にも腕にも
いくつもの傷がついている。
傷の大きさはさまざまだが
なぜか形は皆同じようで、紋章のようにも見える。
「医者になるって。君の体がもたないと思うけど」
私は率直に言う。
「・・・そうですよね。小さな傷ならなんとか大丈夫なんですが」
彼女は目を伏せてため息をついた。
「きみの傷の怖いところはね」
私は彼女の傷を診ながらつぶやく。また増えてる。
「きみのしたことが結果どうなるかわかんないところなんだよね」
「・・・・」
「きみのしたことがその場で即、反映されるわけじゃない。」
「・・・・はい」
「いつ、どうなるかわからない」


初めての診察以降も、女の子の傷は止まることなく増えていった。
母親は注意深く観察していたが
まったく何もしていないのに
突然、手に傷が湧きあがるようにできたり
傷ができたときの状況になにも共通するところがなかったりで
「わからないのです。どうして傷ができるのか」
診察におとずれるたびに困惑した様子で訴えた。
原因も対処法もわからないまま
同じ事が続いて数年たったある日
あわてて二人が駆け込んできた。
「先生!みてください!こんなに傷が・・・!!」
女の子の服をめくりあげて母親が叫ぶ。
「これは・・・」
白い背中に大きな傷がついている。
彼女が息をするたびに傷は盛り上がり、
ぱっくりと割れた肉から血が滲み出る。
さすがにこの傷は痛いらしく、彼女は顔をしかめて呻いた。
「どうしたんですか?」
「何も・・・何もしてはいないのです」
「何か変わったことは?なんでもいいです」
手早く処置をしていく。
「変わったこと・・。最近、学校でお年寄りとの交流をしていて」
「昨日、老人ホームに遊びに行きました」
そこで何かあったのかと言えば、傷に結びつく事はなく
「病気で寝ている方と楽しくお話をしてきただけなんですけど」
処置をしながら私は驚いて手を止める。
傷が自然にふさがってゆくではないか。
土のなかにもぐりこむ獣のように、傷は盛り上がった肉のなかに埋もれた。
見慣れた紋章が背中に残される。
「大丈夫。もう、痛くないわ」
彼女は冷たい汗をまだ浮かべたまま、青白い顔で微笑んだ。

翌日に彼女の母親から電話があった。
「老人ホームからお知らせがありました」
母親の声が少し震えている。
「娘が話してきたというお年寄りの方が
容態が急変してお亡くなりになったということなんですが・・」
「そうなんですか」
「はい。それが、亡くなられた時間が、
どうもあの子の背中に傷ができた時間と同じようなんです」
「・・・・・・」
「亡くなる直前、その方は何度も、娘と過ごしたことを思い出されて
とても幸せな時間だった、ありがとう、と言ってたらしくて」
もしかしたら、と
母親はゆっくりと話し出した。
ずっと引っかかっていたのですが。

「あの子は「ありがとう」と感謝されるたびに
傷がついてゆくのでしょうか。」


科学的な理論とか説明できる原因や根拠はない。
だが、長年ずっと不思議な傷を見てきて
それもあり得ることだと思った。
それからは、傷ができるたびに
何か善行があったのではないかと調べてみると
その場で感謝されてできる傷もあったり
時間がたって結果的に相手にとって幸せな出来事となり
感謝されることがあったりした。
大きな傷はそれだけ相手が深く幸せを感じているときのようだった。
他人を幸せにするたびに
自分は傷がついてゆく。
「自分の体を犠牲にして誰かを幸せにしてるということなのかしら」
彼女は新しい傷が増えるたびに
しみじみと傷を見つめながらつぶやくのだった。


「先生、お元気ですか?」
あの日、医者になろうと思うんです、と語った彼女は
願い通り、医者になって日々忙しくしている。
「ああ。変わりないよ。きみはどうだい?体は?」
「うーん。相変わらずです」
携帯電話から聞こえる声は
診察室に初めて来たときと同じ明るさのままだ。
医者になって彼女が傷だらけになるかと思ったのだが
予想は見事にはずれたようだった。
ときどき、大きな傷ができることはあるようだけど。
「こちらが良かれと思っていることも
相手にとっては幸せではないということもあるみたいです」
少し寂しげに言う。
「まあ、しかたないよ。
幸せかどうかは誰かが決めるのではなく
自分が決めることなんだから」
「そうですね・・。先生、私最近思うんですよ」

今まで自分の体を犠牲にしてきたと思ってたんですが
そうではなくて、この傷は
誰かを幸せにした証拠のしるしなんじゃないかって。
このしるしを見てると、自分が生きていて良かった、と
感じる事があるんです。
自分が誰かのために犠牲になっているのではなく
その誰かのために、私は生かされているのかもしれないですね。

そうだな、と
携帯電話を切って、私も思う。
そして、自分の気持ちを必死に抑える。
今はなんとか彼女を傷つけずにすんでいるようだ。
だがたぶん
自分が最期をむかえるときは
彼女に大きな傷を残す事になるだろう。
心から言うだろうから。

きみに会えてよかった。ありがとう、と。

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