> スポンサー広告

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • --.--.-- --:-- 
  • コメント(-) |
  • トラックバック(-) |
  • URL |

> story

ひとりの趣味 


その頃、いろいろと嫌なことがあって
僕はよく山に登っていた。
一緒に住んでた女は僕の趣味に興味のある人じゃなかったし
疲れるのは嫌いだからって、山にはついてこなかった。
「どこが楽しいのかわかんないわ」
登ってみなくちゃわかんないよ、と僕はいつもボソっと言う。

山道を踏みしめて歩いていると
心が不思議に落ち着いてくる。
足元だけを見て、路傍の草花を見て。
時折の人影に顔をあげれば、
微笑とともに、「こんにちは」と軽い挨拶が交わされる。
山頂に着いて、風を受けながら下界を見ているときだった。
「すみません、シャッターを押していただけますか?」
その声に振り向くと、華奢な体で微笑んでいる女性がいた。
それが、彼女との最初の出会い。

蒸し暑い雑踏のなか、鈴の音を聞いたような気がした。
かすかに鳴る涼しげな音。
どこか懐かしさを感じて辺りを見回すと
遠くでヒラヒラと何かが振られている。
僕は惹かれるように歩いていく。
「おぼえていますか?」
チリチリと小さくなる鈴は、そう、彼女の細い手首に飾られたブレスレットで鳴っていた。
「ああ、あの山で」
「はい。その節はありがとうございました」
彼女は一枚の写真を僕に渡す。
山頂で撮った写真だった。

そして僕らは出会って、恋におちて、一緒に暮らすことになった。
前に一緒に暮らしていた女はとっくの昔に出て行ってしまってたし
よくある話しだと、僕は思っていた。
彼女と暮らし始めてから、なぜか山登りの回数は減っていった。
山で知り合ったはずの彼女からも、山登りに誘う様子は見られなかった。

「どうしたの?その自転車」
ある日、僕が買ってきた自転車を見て、彼女が驚きの声をあげた。
「買ったんだよ。最近、職場の人がよく自転車で通勤してくるんだ」
「・・・で、あなたも自転車を?」
「うん、始めようと思って」
自転車を磨く僕を見る彼女の目はなんだか悲し気だったけど
それがなぜなのか、僕にはわからなかった。

休日になると、自転車で郊外を走る日々が続いた。
一人で。
彼女は僕の趣味に興味のある人じゃなかったし
疲れるのが嫌いだからって、ついてこなかった。
「どこが楽しいかわかんないわ」
「乗ってみないとわかんないよ」
出かける前に僕はいつも、ボソっと言う。

その日も僕は湖のそばまで自転車で走った。
汗を拭って水を飲んでいると
「すみません、写真をお願いできますか?」
振り返ると、自転車からおりてきた華奢な体の女性。
それが彼女との最初の出会い。
カメラを受け取る彼女の手首のブレスレットで、小さな鈴が揺れている。
どこか懐かしいその音。
「どこかで・・・お会いしたことはありませんか?」
彼女はゆっくりと微笑む。

「きっと、どこかで。また、お会いできますよ」



「大変ね。彼に合わせるのも」
「そうね。今度は自転車だって」
「そうなんだ・・・じゃあなたも買って?」
「もちろんよ。もう山登りの女は眼中にないわ」
「そっか。じゃ次は自転車での出会いってわけね」
「そうなるわね」
「記憶が続かないんじゃ・・・しかたないか」
「この鈴だけは・・かすかに記憶に残っているらしいわ」

チリチリ、とブレスレットについた鈴が
私を応援するように笑った。



comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。