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オトナの香り 

その夜 仕事の打ち合わせから帰ったママの身体から、いつもと違う香りがした。
普段なら 酒と煙草の匂いが漂ってくるはずなのに
私の横をすっと通りすぎたママから、それまで感じたことのない香りがした。
ママの香水とも違う、もっと爽やかで若々しい香り。
「今度一緒に仕事する人とはうまくいきそうな気がするわ」
手早く着替えながらママが言う。
「礼儀正しくて、話も早い。頭がいいのね。仕事ができる人は大歓迎。」
「よっぽど気に入ったみたいね」 わたしは横目で答える。
ホントにいつもより饒舌になってるね、ママ。
「そうね」 ママはニコリと微笑んだ。

ママはその夜から綺麗になっていった。
仕事が順調にすすんでいるだけではないということは、わたしにもわかる。
だんだん、その人のことを話すことが増えてきたから。
彼のことをクチにするとき、ママの顔はママでなくなる。
友達のユミがバレンタインデーの相談をもちかけてきたときみたいに
とろりとした瞳になって、わたしのずっと後ろのほうを見ている。
どんなオトコなんだろう?
わたしの心のなかで、見たこともないその人の存在が 
いつの間にか大きくなっていく。

その人とは思いがけなく早く出会えた。
用があってママの仕事先をたずねると、そこに彼がいた。
「はじめまして、お母様から話は聞いていますよ」
優しく わたしの名前を呼ぶと、片手をすっと差し出す。
ふわりとあの夜の香りがして
わたしは握手しながら、ママの瞳を思い出した。
彼はわたしと握手しながら、わたしを透かして、ママを見ている。
「母がいつもお世話になっています」
自分でも声が冷たくなっているのがわかった。

ママがわたしをデパートの買い物に誘った。
「何を買うの?」
「バレンタインチョコレートよ。ほしいもの、ある?」
毎年の恒例行事。
仕事でお世話になっている人たちに、義理チョコを大量に買うので
わたしがいつもお供することになっている。
義理チョコのほかに、ママは大好物のウイスキーボンボンを自分用に買う。
でも、今年はちょっと違った。
たくさんの義理チョコを買い込んだ後、
ママは自分用のほかに もうひとつ、小さいけど手間のかかっていそうなチョコを買った。
「それって、あの人にあげるの?」
わたしが訊くと、ママはいたずらっぽく微笑んで 
「そう。お礼の気持ち」 と言った。

ママの仕事がひとつ片付いて、その人との縁が切れた。
それまで輝くように咲いていた花がしおれていくように、ママの顔から笑顔が消えていく。
「あの人の話、最近あまり聞かないね」 わたしは少し意地悪してみる。
「ああ、あの人ね・・・」 ママはわたしの顔を見ない。「今度、仕事で外国に行くんだって。」
「外国?戻ってくるんでしょ?」
「ううん」 ママは首を横に振った。 「帰ってこないわ。きっと」
出発は数日後。 その前日、ママは朝方まで帰ってこなかった。

その日、学校帰りのわたしの携帯電話が鳴った。
「もしもし」 一度だけ聞いた声がわたしの名前を呼ぶ。
「ああ、よかった。今、きみのママの携帯電話で話しているんだ」
ドキリ。心臓が大きく鳴った。
「ママがどうかしたんですか?」 
「いや。僕はこれから空港に行かなくちゃいけないんだけど」 ほんの少し、ためらう間があった。
「ママが僕の部屋に、電話を忘れてしまってね・・・」
「そうなんですか。・・・もう出かけるということは」
「うん。ちょっと届けられそうにない」
場所をきくと、結構近い。
思わず言葉が出た。
「じゃ、わたしが今から取りに行きます。間に合いますよね」
「・・・うん、間に合うよ。大丈夫」
間に合うよ、大丈夫。
わたしはその声を目指して駆け出していた。

その人の部屋のベルを鳴らすと、ドアが待ちかねたように開いた。
「あ、ありがとう。助かったよ」
わたしを見て、ほっとしたような笑顔の人。
息を整えてから、ペコリとお辞儀した。
「こちらこそ。母のためにすみません」
「これです。渡してください」
ママの携帯電話を手渡される。 
サヨナラ、、、そう言われているような気がした。
「あの・・・」 自分の声が遠くで聞こえるみたい。 「もう、帰ってこないんですか?」
「え? ああ、ママから聞いたの?」 
うなずくわたし。
「しばらくは戻らない予定だよ。ちょっと大きな仕事なんだ」
「あの・・・」
「ん?」
彼はわたしを見つめている。 じっと。 ママではなくて、わたしを。
言わなくちゃ。今。

「待っています。」 
・・・何言ってんだろう、わたし。 あわてて、付け足した。
「帰ってきたら、教えてください。」
彼はちょっと考えている。
そして ふっと、微笑んで言った。
「教えるよ。でも、そのときにはボクはおじいちゃんかもしれないな」
わたしは笑顔の彼の目をまっすぐに見つめて、矢を放つ。
「そのときには、わたし、ママに負けない大人の女性になってますから。」

すばやくお辞儀をして、玄関を出た。
後ろで彼が何か言ってたみたいだけど、もう振り返らなかった。


ママの部屋に携帯電話を置いたあと
わたしはこっそり、ママの机の引き出しを開けた。
彼女はいつもそこにお気に入りのウイスキーボンボンを隠し持っている。
ひとつ、艶やかなチョコをクチに入れて、ゆっくりと噛みしめる。
砂糖菓子が壊れる音がして、舌に広がる液体。
それは、喉を通り過ぎてゆくときに、チリチリと音をたてて
ほんの少しの間、痛みを残していく。
「・・・こんな感じよね」

わたしは目を閉じて
とけたチョコがついた指先を舐めてみる。
その香りを味わいながら
ほんのちょっと オトナになったみたい、
そう思った。




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