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水天宮 2 



「気がついたら、あの女と一緒に寝てたんだ」
先輩のウラシマさんは、煙草に火をつけながら唸った。
「二人とも素っ裸でよ、言い逃れできないじゃん?」
「覚えてなかったんですか?」
「その前の晩、確かに店に行ったってことは覚えてたさ」
紫煙をくゆらせる。
「だけどな・・・そこから先はまったく記憶にない」


俺はその日、珍しく競馬で穴を当てた。
懐具合はいつもより温かだったってわけだ。
気が大きくなってたんだな、普段は通りもしない飲み屋街をふらついてた。
そこで、喧嘩に巻きこまれちまった。
鈍そうな男が、数人のチンピラに囲まれて
殴る蹴るの乱暴をされてたんだ。
「た、助けてください」
男は鼻血を流しながら、俺に向かって走ってきやがった。
おいおい、勘弁してくれよ、、、そう言う前に
チンピラどもは俺たちを取り囲んじまって。
「すんません、俺、何も関係ないんですけど」
「わかってるよ、兄さん」
チンピラのリーダー格の奴が鼻血野郎の首をつかんで
俺から引き剥がそうとするんだが
男は、亀のように首をすくめて、俺の体にぴったりと貼りついてやがる。
「あの・・何があったか知りませんが」
「あんん?」
「もしも、、これで勘弁してもらえるなら」
俺は財布を取り出した。
チンピラどもは急に態度を変えて、微笑みながら財布を受け取った。
「おお、お兄さん、こんなに?」
「よかったら、それで・・」
「こちらの方に感謝するんだな。命拾いしたぜ」
空になった財布を俺に投げ返して、チンピラどもはようやく離れていった。
上着の内ポケットのなかには、今日、馬で当てた金が入っている。
そっちを取られる前に、財布を渡したってわけだ。
ぶるぶる震えている男の肩を俺は軽く叩いた。
「おい、もう行っちまったぜ。」
「・・・あ」
鼻血を拭いながら、男は俺の顔を見上げた。
「ありがとうございます!この恩は一生忘れません」
「わかったよ、よかったな」
「あの」
「何だ、まだ何かあるのか?」
「もし良かったら・・遊んでいかれませんか?」
「・・?」

男は、客引きのカメダだと名乗り、
クラブ「竜宮」へ、俺を連れて行った。
「助けていただいたお礼です。サービスさせていただきますよ」
その店は、ビルの地下にあって、すげえ急な階段を下りていくんだ。
暗くて、階段を踏み外しそうになりながらカメダについて行った。
「おい、この階段、帰りは無事に上がってこられんのか?」
「さあ・・。上がってくる方は、店の女の子がお見送りしますんで」
ヒョコ、とカメダは首をすくめる。
「竜宮」は薄暗く、空気が少し澱んでいるようだった。
けど、店の女はすばらしい美人揃いで、申し分なかったね。
カメダがひとりの女に耳打ちすると、たちまち数人の女が
俺に群がってきて、酒をすすめだした。
「もうすぐ、ママがくるから~」
ぼんやりとした照明のなか、キラキラと光る服の女たちが
舌っ足らずな口調でささやきながら、次々に美味い酒を注いでくれるんだ。
いい気持ちに酔っ払ったころ、ママが来た。
「カメダを助けてくれたんですってね。ありがとう」
それが、あの女、乙姫との最初の出会いさ。

「で、その後の記憶がない、と」
「そーゆうこと!」
「乙姫さんと・・・寝ちゃったってことですか?」
「わからねえ。だけど、気がついたら、一緒にいた」
「で、どうしたんです?」
「記憶が無くなったのはな、そのときのことだけじゃないんだ」
「?・・・と言うと・・?」
「すっかり記憶がなくなってた。俺がどこの誰なのか」
「記憶喪失???」
うなずいたウラシマさんは、煙草をもみ消した。
「そうさ。きれいさっぱり、記憶が消えてた。それにな」
「それに?」
「服も何もかも、身に着けてたものが無くなってて・・」
「すっかり?」
「すっかり、俺を知る手がかりも無くなってた、ってわけだ」


気がついたら、乙姫の部屋で裸で寝ていた。
「危なかったわね」
女は俺の頭に手を当てた。
鈍痛が走る。
「どうしたんだ?俺・・・」
「酔って、階段を転げ落ちちゃったらしいわ」
「あの階段を?」
「そうみたい。私が駆けつけたときは、倒れてて・・・」
「いま、何時だ?」
「さあ?」
女は酒をグラスに注いだ。
「迎え酒」
グラスを俺に手渡して、自分も酒のグラスを持つ。おいおい、乾杯かよ。
「帰らなきゃ」
「どこへ?」
「どこって・・・」
どこだ?
頭がズキズキ痛む。
「どこだったっけ・・・」
「送るわ。住所は?」
「住所・・・」
頭を抱え込む俺に、女の声は冷たかった。
「どこの誰かもわかんないの?」


それから、俺と乙姫の生活が始まったってわけだ。
「竜宮」で女と遊び放題だったが、ママの乙姫は何も言わなかった。
酒と女の日々。まさにパラダイス。
あっという間に時間がたってしまってた。
だけど、俺はある日、気がついたんだな。
女たちが俺に寄ってくるのは、カメダや乙姫の差し金じゃなくて
俺が好きだからなんだってこと。
「ウラシマ、ここの水があってるんじゃない?」
「そーよう、この商売、やってみたらいいんじゃない」
何人もの女にそう言われたら、俺もその気になっちまう。
で、あるとき、乙姫に言ったんだ。
「俺・・・ここを出るよ」
「出るって?」
「今まで世話になっておきながら、悪いんだけど」
「どこに行く気?」
「あのさ」
店の客のなかに、この辺のホストクラブの経営者がいて
そいつに誘われていることを、思い切って、切り出したんだ。
「・・・そう」
乙姫は目を伏せて、俺の話を聞いていた。
「わかったわ。いつか、こういうときがくるって思ってた」
そして、黒い小さな箱を差し出したのさ。
「これ、、お別れの時がきたら渡そうと思ってたの」


「ちょっと待ってくださいよ」
「うん?」
「それって、、、、ふたを開けたら煙が出て・・」
「爺さんか?」
ウラシマさんは、可笑しそうに答えた。
「俺もそう考えた」
「開けてみたんですか?」
「開けてみた」


「竜宮」の女たちからたくさんの餞別をもらって
俺は、乙姫の部屋からひとり立ちをした。
新しい部屋に落ち着いた夜、乙姫から渡された黒い小箱を取り出して
ゆっくりとフタを開けた。
箱の中には、封筒と、時計や免許証や財布や定期券・・・
俺の身元がわかるものが入っていた。
封筒の中には、手紙と、いくらかの現金。
あの晩、俺が競馬で当てた金だった。
記憶がたちまちのうちに蘇ってきたね。
煙が出て爺さんになったわけではなかったが
俺の失われていた時間は、確実に戻ってきた。
手紙には、、、乙姫の気持ちが綴られていたよ。
あの日、助けられたカメダは
乙姫本人だったってことも。


ウラシマさんは店のNO.1だ。
「乙姫さん」は、ときどき、彼に会いにくる。
決して美人ではない。
ちょっと目には、男性にも見える姿をしている。
いつも静かに微笑んでいて、ほかの女のように嫉妬したりしない。
乙姫さんは、ウラシマさんを愛しているに違いない。
同じ世界に引き込んで
こうして、いつでも会えるようになったことで十分なんだろう。
二人の間に、多くの言葉はない。
言葉は泡のようなものだって、
見つめる二人の瞳は
いつも、そう語っているように思える。

水底での御伽噺のように。

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こたえ 


終わった。
私は登録者から自分の名前がはずされているのを確認して
彼が本気なのを感じた。
ネットで知り合った男じゃん。
一度も会ったことのない人なのに。
なのに、サヨナラと打たれたメール読んで
なんで泣いてるの?

PCの前で思いっきり鼻をかんで画面を見ると
「ドウシテナミダガデルノ?」
いつの間に打ち込んだのだろう。そんな言葉。
そんなに哀しむことじゃないよね、つぶやきながらDelete。
よせばいいのに、過去ログを見てしまう。
そしたらまた涙だよ。
「いつかきっと会おうね」
なんて書いてるし。
メガネをはずして、また鼻をブミブミする。
画面を見ると、また 「ドウシテナミダガデルノ?」

さすがに私もおかしいと思った。
いくら哀しいからって、二度も同じ言葉を覚えナシに打たない。
バグった?
今夜はもうだめだわ、PCを終了させて立ち上がった。 と
「ドウシテナミダガデルノ?」
終了させたはずなのに、あらわれてる。
おまえ・・・・



その晩から、PCは私のお相手をするようになった。
いや、その前から相手はしてくれたけど。
簡単な会話を交わすようになったのだ。
「スグ、ワタシノマエデ ナクヨネ」
「・・・うん」
「ナゼ?」
「そうだよね、そこの世界ってさ・・ホントじゃないはずなのに」
「ホカノヒトガ ミタラ アヤシイヨネ」
「・・あんたに言われたくないんだけど」
「ナクッテ ドウナノ」
「んー。なんかね、心のなかのよからぬものが、ジョビジョバーって感じかな」
「ドコカデキイタ ソレ」

あんたにはわかんないことよ、私は笑った。
PCにとって、わかんないことがあるってことは
受け入れがたいことなんだって。
それ以来、なんだかブンブン修行しているようだった。

その日、PCが誇らしげに言った。
「デキマシタ」
「なにが?」
「ナミダ デマス」
「うそーーー!!」
私の言葉に逆らうように、PCはブゥゥゥンとひとつ唸って
画面いっぱいに文字を涙のように流した。
「あんた、ちょっと!」
焦ってクリックしたけど、遅かった。
ひとしきり文字を流した後
PCはウンともスンとも言わなくなった。

「壊れちゃったじゃない・・・」
バカね、人は 壊れてしまわないように、泣くんだよ。
真っ暗な画面のPCを前にして、ポロポロ私は泣いていた。
友達を失ったからなのか
これからのデカイ出費を考えてなのか
いったい何が哀しいのか・・・・・

どうして涙が出るの?

そんなこと、わかんないよ。

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星 

それはゆるゆると流れている風だった。
空気の色そのままに、陽炎のようにユラユラと立ち昇り
時折、光の欠片をチカリチカリと吐き出しながら。
「・・・・これは?」
僕はきいた。 目の前に差し出されたものは何なんだ?
「忘れたの?」
彼女は冷たい表情を崩さずにつぶやいた。
「あなたと私は何度も衝突し、合体を繰り返した」
「出会い始めたころだったね」
「まだお互いに成熟する前だった」
「混沌とした世界だった」
だから
「これは・・・・あなたと私の、愛の結晶じゃないの」

僕は結局それを受け取ることを拒否した。
そんなつもりじゃなかったんだよ、と言わなくても
彼女ならわかってくれそうな気がしたのだ。
僕らは互いに成長するために相手を利用しただけの関係だった。
僕は今では新しい命を抱え、美しい世界を作り始めている。
一方の彼女は、その冷たい美しさそのままに
僕よりも大きな世界を作り上げ、その引力に惹かれるものは後を絶たなかった。
貪欲な彼女が、なぜあれを独り占めしないのか
僕にはわからなかった。
「放つわ」
別れ際に、彼女が叫んだ。
「これは、誰のものでもない、放つわ!」

それから夢中で僕は僕の世界を作リ続けたが、ある日
ソラを見つめて、ふと気がついた。
ふたりの関係の果てにできたそれが
長い時間をかけて僕に近づいてきている。
彼女との距離を埋められなかった僕に向かって
それは、まるでブーメランのように
楕円軌道を描きながら、戻ってくるのだ。
彼女ははるか遠くでそれを黙ったまま見つめている。
それが僕を傷つけるのか、なにもせずに通り過ぎてゆくのか
彼女は任せきったまま、無言で見つめている。

その日は計算通りにやってきた。
僕と彼女の遺伝子を継ぐものは
僕のすぐ前を走っていた。
息を呑む。
彼は僕をチラリと見て、そしてニヤリと微笑んだ。
僕の怖れも彼女の恨みも知ったこっちゃ無い、と唇の端をあげて
彼は足を早めた。
そして、一足先にバスに飛び乗って、あっという間に去って行った。



駆け抜けてゆく流れ星のように。

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