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どれが一番強いの? 


「それでは、こちらにお入りください。」
某健康食品会社の会議室に通された。
役員秘書の彼女は無駄に大きく胸の開いたブラウスを着ていて
いや、だけど自分はそんなことに揺らいだりしない。
かなり自分好みな女のはずなのだが、不思議に高ぶるものがナイ。
さっきからこちらにネットリとした視線を送ってくれてるようだ。が
そんなものには左右されないのだ。

「なんでも素晴らしい発明をされたとか?」
会議室には、十数人の会社役員が席についていた。
「はい。ただいまから、説明させていただきます。」
急ぎカバンの中から資料を出す。
「今回の発明は、人類の歴史を変えるといっても過言ではありません。」
「前置きはいいから、早くモノを見せてくれないかね」
真ん中にでっぷりと太った社長が座っている。
彼の目の前に、白い小さな粒が入ったビンを差し出した。
「コレです」

「これは、クスリかね?」
「クスリと言いますか、、、食べ物です」
「食べると、どうなるのかね?」
「まず、ほかのものを食べなくても平気になります」
「ダイエット食品かね?」
「いえ、ダイエットにも効果はありますが、コレを食べると、食欲がなくなるのです」
「まったく??」
「そうです。まったく、食べなくても平気になります」
「食べることに興味がなくなる・・・?」
「そうです。栄養は食事でなくてもとれますしね。それから」
「それから?」
「コレを食べると、眠くなくなります」
「睡眠をとりたくなくなる?」
「そうです。ずっと起きてても平気です」
「ちょっと待て。そんなことして、何か利益があるのかね?」

「時間ですよ、社長。」
自分はクイっとメガネを指で上げた。
「食べる時間、寝る時間、惜しくはないですか?」
「・・・・」
「なるほど、仕事や研究に有効に使えるってわけだ」
「食べなくても大丈夫なんてスゴイですわ」
うなずく役員たち。なかなかの好感触だ。

たたみこむように説明を続ける。
「コレを食べると、人間の欲望をおさえることができるのです。」
「欲望?」
「三大欲ですよ」
「・・・とすると、食欲、睡眠欲、そして・・・」
「性欲です」
クルリと役員たちに背を向けて、カバンの中から次の資料を取り出す。
おそらく、自分の説明に驚愕しているのだろう、
彼らがザワザワとしているのを、背中で感じる。
微笑みを浮かべながら、資料を手にして振り返ると

キレイに役員たちの姿はなくなっていた。
「ど、どういうことだ!?」
横にいるはずの役員秘書に話しかけようと見ると
彼女も、すでに消えていた。
誘うような残り香が、ただよっているだけだった。


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夢何夜 その115 

私は色が白い。

薄闇の青い部屋のなかで

横になっていると

見下ろしながら、誰かが言った。

「それは、白いさ。」


上半身を起こすと、誰かが私の身体に手をかけた。

「だって、きみは」

そして、私の身体をきれいに開いていく。

「50枚の紙で、できているんだから」



札束を広げて数えるように

私は50枚の薄紙に広げられ

そのものの手で

丁寧に分けられていった。

> story

オトナの香り 

その夜 仕事の打ち合わせから帰ったママの身体から、いつもと違う香りがした。
普段なら 酒と煙草の匂いが漂ってくるはずなのに
私の横をすっと通りすぎたママから、それまで感じたことのない香りがした。
ママの香水とも違う、もっと爽やかで若々しい香り。
「今度一緒に仕事する人とはうまくいきそうな気がするわ」
手早く着替えながらママが言う。
「礼儀正しくて、話も早い。頭がいいのね。仕事ができる人は大歓迎。」
「よっぽど気に入ったみたいね」 わたしは横目で答える。
ホントにいつもより饒舌になってるね、ママ。
「そうね」 ママはニコリと微笑んだ。

ママはその夜から綺麗になっていった。
仕事が順調にすすんでいるだけではないということは、わたしにもわかる。
だんだん、その人のことを話すことが増えてきたから。
彼のことをクチにするとき、ママの顔はママでなくなる。
友達のユミがバレンタインデーの相談をもちかけてきたときみたいに
とろりとした瞳になって、わたしのずっと後ろのほうを見ている。
どんなオトコなんだろう?
わたしの心のなかで、見たこともないその人の存在が 
いつの間にか大きくなっていく。

その人とは思いがけなく早く出会えた。
用があってママの仕事先をたずねると、そこに彼がいた。
「はじめまして、お母様から話は聞いていますよ」
優しく わたしの名前を呼ぶと、片手をすっと差し出す。
ふわりとあの夜の香りがして
わたしは握手しながら、ママの瞳を思い出した。
彼はわたしと握手しながら、わたしを透かして、ママを見ている。
「母がいつもお世話になっています」
自分でも声が冷たくなっているのがわかった。

ママがわたしをデパートの買い物に誘った。
「何を買うの?」
「バレンタインチョコレートよ。ほしいもの、ある?」
毎年の恒例行事。
仕事でお世話になっている人たちに、義理チョコを大量に買うので
わたしがいつもお供することになっている。
義理チョコのほかに、ママは大好物のウイスキーボンボンを自分用に買う。
でも、今年はちょっと違った。
たくさんの義理チョコを買い込んだ後、
ママは自分用のほかに もうひとつ、小さいけど手間のかかっていそうなチョコを買った。
「それって、あの人にあげるの?」
わたしが訊くと、ママはいたずらっぽく微笑んで 
「そう。お礼の気持ち」 と言った。

ママの仕事がひとつ片付いて、その人との縁が切れた。
それまで輝くように咲いていた花がしおれていくように、ママの顔から笑顔が消えていく。
「あの人の話、最近あまり聞かないね」 わたしは少し意地悪してみる。
「ああ、あの人ね・・・」 ママはわたしの顔を見ない。「今度、仕事で外国に行くんだって。」
「外国?戻ってくるんでしょ?」
「ううん」 ママは首を横に振った。 「帰ってこないわ。きっと」
出発は数日後。 その前日、ママは朝方まで帰ってこなかった。

その日、学校帰りのわたしの携帯電話が鳴った。
「もしもし」 一度だけ聞いた声がわたしの名前を呼ぶ。
「ああ、よかった。今、きみのママの携帯電話で話しているんだ」
ドキリ。心臓が大きく鳴った。
「ママがどうかしたんですか?」 
「いや。僕はこれから空港に行かなくちゃいけないんだけど」 ほんの少し、ためらう間があった。
「ママが僕の部屋に、電話を忘れてしまってね・・・」
「そうなんですか。・・・もう出かけるということは」
「うん。ちょっと届けられそうにない」
場所をきくと、結構近い。
思わず言葉が出た。
「じゃ、わたしが今から取りに行きます。間に合いますよね」
「・・・うん、間に合うよ。大丈夫」
間に合うよ、大丈夫。
わたしはその声を目指して駆け出していた。

その人の部屋のベルを鳴らすと、ドアが待ちかねたように開いた。
「あ、ありがとう。助かったよ」
わたしを見て、ほっとしたような笑顔の人。
息を整えてから、ペコリとお辞儀した。
「こちらこそ。母のためにすみません」
「これです。渡してください」
ママの携帯電話を手渡される。 
サヨナラ、、、そう言われているような気がした。
「あの・・・」 自分の声が遠くで聞こえるみたい。 「もう、帰ってこないんですか?」
「え? ああ、ママから聞いたの?」 
うなずくわたし。
「しばらくは戻らない予定だよ。ちょっと大きな仕事なんだ」
「あの・・・」
「ん?」
彼はわたしを見つめている。 じっと。 ママではなくて、わたしを。
言わなくちゃ。今。

「待っています。」 
・・・何言ってんだろう、わたし。 あわてて、付け足した。
「帰ってきたら、教えてください。」
彼はちょっと考えている。
そして ふっと、微笑んで言った。
「教えるよ。でも、そのときにはボクはおじいちゃんかもしれないな」
わたしは笑顔の彼の目をまっすぐに見つめて、矢を放つ。
「そのときには、わたし、ママに負けない大人の女性になってますから。」

すばやくお辞儀をして、玄関を出た。
後ろで彼が何か言ってたみたいだけど、もう振り返らなかった。


ママの部屋に携帯電話を置いたあと
わたしはこっそり、ママの机の引き出しを開けた。
彼女はいつもそこにお気に入りのウイスキーボンボンを隠し持っている。
ひとつ、艶やかなチョコをクチに入れて、ゆっくりと噛みしめる。
砂糖菓子が壊れる音がして、舌に広がる液体。
それは、喉を通り過ぎてゆくときに、チリチリと音をたてて
ほんの少しの間、痛みを残していく。
「・・・こんな感じよね」

わたしは目を閉じて
とけたチョコがついた指先を舐めてみる。
その香りを味わいながら
ほんのちょっと オトナになったみたい、
そう思った。




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スケジュール 

イサムは 若い。
20とちょっと、トシがはなれている彼は
いつも先に来ていて、お腹を空かせている。
私がやってくると、ニッコリと笑って手を上げる。
少年の風貌がまだ残ってる彼の笑顔が
たまらなく、かわいい。
「いつもごちそうさま」
「お腹いっぱいになった?」
「うん」
学校帰りの荷物を抱えて、店を出る。
他愛の無い会話をしながら
夜の公園を抜けて、最後に必ずイサムは言う。
「ねえ、生まれ変わったら」
「うん」
「同い年ぐらいに生まれたい」
「・・・うん」
かわいいんだけど、いつも同じこと言うのよね
心のなかでつぶやく私。
唇をはなすと、「今度はいつ会えるの?」って
また同じ質問をされるのがイヤで、さっと身体を引き離してしまう。
2、3歩先に行ってから、振り向いてイサムに手を振る。
「また、来週ね。 バイバイ」
それが、水曜日。

ケンは 最近、いやなとこが見えてきた男。
最初は面白かったおしゃべりだけど
だんだん、中身が薄くなってきて
何を話しても、つまんなくなってきた。
ぼんやりと、向かいに座ってるケンのクチが
パクパク動いてるのを見つめている。
テーブルの上に置いた携帯が、震えた。
「あ、もしもし」
よかった、つまんない話にこれ以上
作り笑顔でこたえているのは、さすがにキツイ。
電話が終わると、「だれ?」ケンがいぶかしそうに訊いた。
「会社の友達よ。日曜日に買い物に行く時間、変更だって」
スケジュール帳を取り出してメモする。
ケンがちらりと、覗き込んだ。
「やだ、汚いから見ないでよ」 勝手に覗くな、と言いたいところを
グっとこらえる。イヤなやつ!
「相変わらず、スケジュール詰まってるね」
「うん」
「チラっと見たら、イニシャル【 I 】って書いてあったけど、なに?」
こういうところは、目ざといんだ。
「アイ、はね、、、【いけばな】を習ってる日、毎週水曜日ね」
「あ、そうなんだー。いけばなの、頭文字で、アイなんだね」
「そうそう」
にっこりと、満面の笑みの私。

そして、あなたは、【会議】のKよ、ケン。
木曜日に書いてあるけど
そのうち、空欄にしとくわね^^

> story

僕を呼ぶ声 


お題 「僕をよんだのは、誰?」





駅のなかを通り過ぎようとして、声を聞いた。
それは確かに自分を呼ぶ声。
思わず立ち止まった僕の肩にぶつかりながら
後ろから人が流れてゆく。
振り返り気味に横目で迷惑そうににらみつけながら。

笑い、ささやき、携帯で話し、足元にものを落とし
そんな音の渦のなかで
確かに自分を呼ぶ声を聞いた
と、思った。

いそいで今歩いてきた道を戻った。
朝出かけるときに
黙ったままドアを閉めてきたことを悔いながら。

彼女の声だと感じたことに根拠なんか、ない。
だけど
きっと彼女の声だと思った。
僕を呼ぶのは
彼女しかいない。

昨日の夜に些細なことでケンカして
今朝はふたりとも無言だった。
彼女は僕に背を向けて化粧をしている。
言葉がないって、どうしてこうも重いのだろう。
風船のなかにどんどん息が吹き込まれていくように
部屋のなかには 「何か」を探している空気がみちてゆく。
ひとこと、何か言葉があれば それは弾けてしまうだろうに。
僕は、黙ったまま
靴を履き、ドアを閉めた。

途中から、走った。
朝閉めたままのドアの前に立ち
急いで開けながら 彼女の名前を呼んだ。
部屋のなかはガランとして
誰もいなかった。
携帯電話が鳴る。

「もしもし」
向こうから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
会社の同僚だ。
「聞こえてる?大丈夫?」
大丈夫です、そう言おうとして携帯電話が汚れているのに気がついた。
「ニュース見て、驚いたよ。あの電車に乗ってた?怪我してない?」
怪我?


僕は今朝、何も言わずにドアを閉めた。
彼女の声が聞こえる。
何度も何度も繰り返し、僕の名前を呼んでいる。
だけど僕は もうそれに答えられそうにない。
いつものように彼女に話しかけて笑顔でドアを閉められたら

彼女の声にこたえたい。

たった 一言だけで いい。

> story

眠れる恋人 





「時間だ」
腕時計を見て、僕は立ち上がった。
「もう少しだけ、だめか?」
「ああ。もう時間だからね」
しょうがない、というように彼が肩をすくめた。
「じゃ、続きはまた明日」
「ああ。悪いね」
机の上に広げられた資料を無造作に片付けて、彼に手渡す。
「毎日、この時間なのか?」
「うん。毎日だ」
「そうか。変わりないのか?彼女」
「ああ。・・・変わりない」
「そうか」
片手をあげて部屋を出る僕の背後から、彼の声が追いかける。
「よろしくな、きみの sleeping  beauty に。」


病院のエレベーターが地下に吸い込まれた。
音のない静かなフロアを、僕はひとり靴音をさせて歩いていく。
受付の女性は、チラリと僕を見て、軽く会釈した。
何も話すことはない。それでも、最初の頃は、天気のこととか
当たり障りの無い会話ぐらいはあった。
この十数年、僕が毎日通っているうちに
いつしか、話しは途絶えてしまった。 もう、十数年。


病院の地下の特別室に彼女は眠っていた。
眠り続けて長い間
僕は毎日、同じ時間にこうして会いに来る。
彼女と僕は
恋人同士だった。



「今度開発する新薬を、試してみたいのだけど」
「え?どんな薬なの?」
そのころ開発に成功しつつある薬。
僕はその薬を、彼女に試してみたいという衝動を抑えられないでいた。
美しく、やさしく、僕を真っ直ぐに見つめてくれていた彼女。
僕は彼女が好きだった。ふたりとも同じ想いでいるということを知った時の喜び。
だが、その喜びは長くは続かなかったのだ。
彼女は、美しすぎた。
僕が彼女を想うように、他の男たちも彼女の愛を望んだ。
彼女のやさしさを勘違いする男が現れるたび
僕のこころは嫉妬で満ち溢れ、訳のわからない怒りを
彼女にぶつけていたのだ。
「どうして、そんなに疑うの?」
彼女の瞳が曇る。真っ直ぐに僕を見てくれていた彼女が
いつしか僕の前では目を伏せるようになっていった。
どうしようもなかったのだ!
彼女を想えば想うほど、僕は彼女を疑い、傷つけた。


その薬には、人の深層心理を読み取る作用があった。
「どんな薬かって・・?そうだな。きみの考えてる事がわかってしまう薬だよ」
彼女は息をのんだ。
「それを、私に試すつもりなの?」
「できたら・・・でも、危険だから、それはできそうにない」
「危険なの?」
「うん。まだ開発途中だし・・。どんな副作用があるかわからないからね」
「・・・・・私の本当の気持ちを知りたいの?」
彼女がいつものように、悲しそうに言った。
僕はいつものように、黙って窓の外を見つめていた。
嫉妬深い僕には、彼女のかなしみが見えなくなっていたのだ。
彼女の本当の想いも。


その日、いつもより早く研究を終えて、僕は彼女に会いに行った。
カバンの中には、新薬のサンプルが入っていた。
彼女とふたりで、薬の完成を祝いたかった。
部屋のドアをノックしようとして・・・彼女の声が聞こえてきた。
楽しそうな笑い声。
僕と一緒にいるときには、聞いたことがないような明るい声だった。
その声を聴いた瞬間、僕の心に、また冷たい炎が巻き起こった。
荒々しくドアをノックすると、部屋の中は、しん、と静かになった。
「今日は、早いのね。」
ドアを開けながら、彼女は僕と目を合わせないようにしている。
「うん。今日は、お祝いしようと思ってね」
「お祝い?」
「新しい薬が完成したんだよ」
僕は、途中で買ってきたシャンパンを取り出した。
「おめでとう!」
彼女はパっと明るい笑顔になって、僕を抱きしめた。
「ありがとう・・」 彼女の温かさを抱きとめながら、僕の目は違うところを見つめていた。
キッチンにグラスを取りに行く彼女。
僕はシャンパンをテーブルに置きながら、傍らの電話の着信記録のボタンを押す。
あいつだ。あいつと、電話してたのか。
もう止まらない。僕は、カバンの中から、新薬を取り出していた。




「やあ。来たよ。元気かい?」
眠っている彼女に、同じ挨拶を繰り返す。
あの日、彼女のシャンパンに薬を入れた。
強い副作用で、彼女は眠り続けるようになってしまった。
美しい眠り姫
もう、二度と目を覚ましてはくれないのか。
「新しい薬を開発しているんだよ」
僕は彼女に語りかける。
「きみを、目覚めさせる薬だ・・・」
彼女が眠りについてから、僕は嫉妬から解放された。
だがそれは、彼女が他の男の手から遠ざかったのではなく
僕の手からも、失われてしまっただけのことだった。
彼女の本当の気持ち、真実の想いをどうしてあんなに知りたかったのだろう。
なぜ、あれほどに、彼女を疑ったのだろう。
彼女を信じられなかったのはなぜなんだろう・・・・。
「きみが本当に眠り姫で」 僕はささやく。
「僕の口づけで、目をさましてくれたら良いのに」
「ああ、でも」
「僕は君の真の恋人ではないのかもしれないね。だから・・」
「だから、きみはこうして、眠り続けているのかな」
彼女に毎日会いに来るのは、愛しているからだけじゃない。
僕は僕の犯した罪に向かい合うために、こうしてここに来るんだ。
「僕は、君に薬を試すんじゃなかったね」
「僕は、僕自身が試すべきだったんだ」
彼女への本当の気持ち。それは、僕が知るべきだったんだ。
彼女を疑っていた僕が、薬を試せばよかったのだ。


僕はいつの間にか泣いている。

彼女の美しい手を頬にあてて。







遠くから、何かが水面に落ちる音が聞こえる
私は、耳をすます
そして ゆっくりと、目を開く。

目の前に海が広がっている
うねる波音が私をつつむ
湿った風に髪の毛をもてあそばれながら
私は、立ち上がる。 静かに そして、ゆっくりと。
ぐるりと辺りを見回して、ひとりっきりなのを確かめ
両腕を思いっきり伸ばしてから
私は私を抱きしめた。
目を閉じると、彼がそこに佇んでいる
彼の名前を呼んだ
声にならない。

最後に彼に会った時
彼が私を信じていない事を知った。
彼の瞳の奥で、何かが静かに燃えていた
それは 冷たい炎だった。
彼の深海のような瞳のなかで
私の泣きそうな顔と、その炎が重なっていた。
彼だって、私のことを愛そうとしていたのに
私には彼の疑いや嫉妬が、ただひたすらに自分を責めるだけのような気がして
心の底から信じてもらえない哀しさだけが、彼への想いのすべてだった。
そしていつの間にか私たちは遠くなり
いつの間にか、私の記憶が途切れていった。

この島は、もうすぐ沈むの。
私がここにたどり着いてから、ずいぶんと時間がたってしまったようなのだけど
その間にも、海がせり上がってくるのがわかる。
私も一緒に沈む。
沈む事は、怖くない。
あなたに会えなくなることだけが、嫌。
ふたりでいたときは、ケンカしてばかりだった。
あなたが私のこと、信用していなかったのと同じに
私も、あなたの気持ちを信じられなかったのだわ。
なぜなの?
お互いにお互いを思いあっていたはずなのに
いつの間にかふたりの気持ちがずれてしまって
自分のなかだけで、空回りしていたのね。
あなたは、この空の下で何を思っているのだろう
私のことを、少しでも思い出してくれているのかしら・・・・

私の気持ちはとりとめもなく
寄せる波のようにくり返し、くりかえし、繰り返され
そのたびに、海へ沈んでいく。
ああ、もう考えるのはよそう。
私の心の中には、彼しかいない。
何度も、何度でも同じ質問をしても
答えはひとつ。
私はこの気持ちのまま、海に沈んでいく
海の底にたどりつくまで
このままの想いを持ち続けて
私は眠りにつくのだ・・・・・・

渦を巻く海に、私の長い髪が呑みこまれていった。



遠くから、何かが水面に落ちる音が聞こえる
あたたかい。
ポタッ・・・ ポタッ、、、それは雪解けの滴のように
私に 注がれている。
私は耳をすます
そして、ゆっくりと

           目を 開く。



> story

呑まれる 

目覚まし時計のけたたましいベルの音に
片手を思い切り伸ばして
僕はスイッチを切る。
カーテンの隙間から朝陽が細い線のように忍び込んできて
ベッドの端を切り取っている。

「あなたは、今、どこにいますか?」

ぼんやりとした頭の中に、この言葉が浮かんできた。

「どこって、、家だけど」
「ふーん」
「どこだと思った?」
「べつに・・・。普通の答えでがっかり」
「そりゃ、、悪かったね」

いつものチャット部屋で初めて会話した人に
こんなこと言われて、カチンとこない奴は
よっぽど人生経験積んだ大人だね。
いや、すでに枯れちゃってるかもしれない。

「そういうきみは、どこにいるの?」
「んー・・・。」
「自宅?ネカフェ?会社?」
「ブー。はずれ」
「じゃ、どこ?」
「んー・・・。」
「なんだよ、秘密かよ」
「秘密じゃないよ。ほかに思いつかない?」
「ほかに?」

自宅、ネカフェ、会社、・・このほかにPCのあるところって、どこだ?
「学校とか、図書館とか、自由に使えそうなとこって、そうは無いだろ?」
「たしかにね。」
「あ、わかった。ノート?」
「ああ、それなら、どこでもできるね」
「なんだよ、他人事みたいに」
「だって、他人事だもの。」

僕は画面をじっと見つめる。
こいつは、何が言いたいんだろう。

「どこにいるのか、なんてそれほど重要な質問じゃないと思ってる?」
指が激しくキーを打ち始める。
「うむ。そう思ってたよ。僕は、今、うちにいて、、、、」
「そうだね。そして、こうして会話している」
「うん。言葉を交わしている」
「だれと?」
「だれって、、きみと。 PCの向こうにいるはずのきみとさ」
「向こうね」
「うん。僕から見て、向こう側、、、、」
「あなたから、見て・・ね」

【あなたは、今、どこにいますか?】
・・・僕は深く考えていなかったけれど
これって、見えないネットでつながってる者同士じゃ
けっこう重大なコトなのかもしれないな。

「べつに、、詳しく知りたいとは思わないよ。きみのこと」
「ああ。お互いに、知らなくてもいいことってあるしね」
「そうだね。知らないほうがいいことだって、、、、、」
「あるしね」
「きみがどこにいるのか、、、」
「どうでもいいことだよね」

言葉が重なってゆく。
僕の言葉を待ち構えているように即座にこたえる相手。
ディスプレイに連なる言葉たちは
確かにこの指が弾き出したものだった。




ベッドからもさもさと這い出して
付けっ放しのPCの前に立つ。

「あなたは、今、どこにいますか?」

トップにゆれる文字。
会話がまた
始まろうとしている。
僕は、ここにいる。
ほかのどこにもいない。
僕は僕だけのはずだ。

「どこって、今起きたばかり」
「おはよう。今日も始まったね」



いつものように
饒舌な指が向こうにいるはずの相手の言葉を
吐き出している。

繰り返し

くりかえし。

> story

嘘の言えない男 


僕がちょっと変だと気がついたのは、小学生の頃だったか。
次の日が遠足というときに、天気予報は雨だった。
降水確率70%、朝から降るでしょう、というお天気お姉さんを睨みながら
台所に立っている母親に
「明日は晴れだって」 と嘘をついた。
働きに出てる母親は 雨だって言ったら、お弁当の用意してくれなさそうだったから。
忙しそうに晩御飯のしたくをしながら、母親は
「じゃ一緒に弁当のおかずも作ってしまおうね」 と言って仕込み始めた。
嘘をついた僕はもうその後、何も言えなかった。心がチクチク痛んだ。
そして、70%の確率だったのに、次の日は なぜか 晴れた。

お気に入りの先生が異動してしまう、という話を聞いて
泣き出してしまった隣の席の女の子。
まわりの友達がどんなにやさしく言葉を尽くしても、彼女の悲しみは消えなかった。 
思わず、僕は
「大丈夫。先生は異動なんかしない。君が卒業するまで、この学校にいるよ」
そう言ってしまった。 彼女は泣き止んで、僕の顔をじっと見つめた。
「本当ね?」
う、うん、とうなずいてしまった僕。心がドキドキ痛んだ。
異動発表の日には、学校を休もうかとも思った。
なのに、 なぜか その先生の異動はなかった。

僕が言ったことは、どうやら現実のものになるらしい。
僕は言葉に気をつけるようになっていった。
滅多なことは言えなくなった。
友人たちは、僕のことを、「寡黙な男」「嘘を言わない奴」と言って
信頼してくれているようだけど、本当のところは・・・
嘘を言いたくても、言えないのだ。
「ホントのことしか言わないのね」、好きになった女の子はそう言って
僕から離れてしまう。
現実以上のことを言ってほしいと望む女性は苦手になってしまった。


結婚披露宴は滞りなく進んでいく。
それなのに、僕の胸は不安でバクついている。
「スピーチ、頼むよ」
そう言われたのは、数日前だった。
あまりの驚きで固まってしまった僕に、新郎は何度も頭を下げて
周囲の友人たちも、「大丈夫、大丈夫」と励ましてはくれたのだが・・
みんな、僕のことを、わかっていない。

「それでは、新郎のご友人の・・・さま、お願いいたします」
きた。
壇上で、彼がちょっと心配そうな笑顔を向けてくれている。
もう、ままよ。
僕はマイクの前に立つ。
会場では、次々運ばれてくる料理を食べるのに皆夢中だ。
よし、・・今なら、ばれないかもしれない。
さっさと終わらせてしまおう。

「僕と新郎・・さんとは、小学校からの友達で、よく二人でカエルを取ったりして遊んでいました」
途端、新婦の両親の料理の皿から、カエルが飛び出すのが見えた。 やばっ
「ふ、ふたりでプロレスの技のかけあいをしたり・・」
新郎の両親が突然立ち上がり、コブラツイストをかけ始める。 まずいっ
ざわざわ、、と会場がどよめき始める。
カエルが飛び跳ねているのだろう、きゃっ、とあちこちから悲鳴が響く。
新郎の親戚が座っていたテーブルの周りでは、プロレス技をかける者が増えだした。
そ、そんな、、振袖のお姉さんが吊り天井を・・・。 いかんっ
「え、ええ・・と、とにかく、おふたりの幸せをお祈りして・・」
もう、なにがなんだかわからない。
ポカンと大きなクチを開けている新郎の顔をまともに見ることができず、僕はあわてて言った。
「あ、雨降って地固まるといいますし・・」
その途端、会場の天井のスプリンクラーがすべて開き、滝のように水が噴き出した。

びしょ濡れになりながら、僕は必ずこれだけは言おう、と思っていた言葉をクチにした。
「おふたりの愛はずっと続きます。おめでとう」
早口だったけれど、届いたに違いない。
会場は悲鳴と逃げ惑う人とで、大混乱になった。
新郎は新婦をかばいながら、僕にすまない、と会釈して走っていった。
悪いのは僕のほうだよ。ごめんな。
でも、君たちの結婚生活は うまくいくよ。

僕が言うことはすべて現実のものになる。
だから、きっと、お幸せに。



何回目かの結婚記念日。
窓の向こうに、君たちが見える。
不思議に、話していることも聞こえてくる。

「ほらほら、見て、この写真」
「うん、このときはすごかったよな」
「私の親戚の甥っ子よね、カエルなんかこっそり持ち込んで」
「そうそう。途中で逃げ出して、大変だった」
「それから、ホラ、お父さんとお母さん」
「いきなり、コブラツイストだろ?」
「うんうん」
「オヤジが酔っ払って、何かバカなことをしそうだったんで、止めただけだって言うけど」
「お母さん、きっちり技を決めてたわよね~」
「それを見て、俺もオレもって、従兄弟どもも、悪ノリするからさぁ」
「みんな、けっこうお酒入ってたのよね」
「それからなんと言っても・・・」
「スプリンクラーの雨よね!」
「うん。見事に故障してくれたね」
「みんな、ビショ濡れで」
「でもさ、会場の落ち度ってことで、披露宴代がタダになったし」
「系列ホテルも無料でスイートに泊まれたし」
「今になれば、忘れられない披露宴だよなぁ」
「ホントに、雨降って地固まる、よね」

ふたりは寄り添って、窓を開けた。
「あのとき、アイツが言ったこと、覚えてるかい?」
「うん。おふたりの愛はずっと続きますって」
「うん、、、アイツは、ホントのことしか言わない奴だった」
「あの人があんなことになるなんて」
「うん」
「でも」
「・・・アイツは、星になったんだよ。そして、いつまでも見守ってくれている」
「そうね。私も、いつもそんな感じがしてならないの」


僕はあの日、大金を払えば宇宙旅行ができるというニュースを聞いて
思わず言ってしまったんだ。
「僕も、必ずいつか宇宙を旅するぞ」
そして、その後すぐに事故に遭った。

僕の言うことは現実のものになる。
それが僕の宿命なんだろうか。
だけど今はもう、言葉を怖れない。
僕は君たちの幸せを祈っているよ。
この空から。 ずっと、ずっと。

> story

赤い糸が見える男 


「嫉妬」というのは、しばしば私が書く文章のテーマになっている。
出口をふさがれたこの感情は、いつも内側で膨張して
自分でも手余ししてしまう、厄介なシロモノだ。
これは、学生の頃に作った脚本を、今一度手直ししてみたもの。





薄暗い店内。
その日約束をすっぽかされて女はひとりで飲んでいる。
カウンターには、もうひとり男が貼り付いて飲み続けている。
煙草に火を点けようとして、ライターを忘れたのに気がつく女。
目と目が合って、男がゆっくりと自分のライターで女の煙草に火を点ける。

女 「ありがとう」
男 「いえいえ」
女 「ライター、どこかに置き忘れてきたみたい」
男 「彼氏と、喧嘩でも?」
女 「・・・まあ、そんなところかな」
男 「でしょうね。随分と細くなってますよ」
女 「え?」 (自分の身体のあちこちを見回す)
男 「(微笑みながら) ここですよ」

男が指差したのは、女の小指。

男 「ここにね、糸がついているんです。」
女 「・・・・・・・」
男 「赤い糸ですよ」
女 「細くなってるっていうの?」
男 「今はね。でも、糸の太さや強さは変わりますから」
女 「おかしなこと言うのね。赤い糸が、あなたには見えるってわけ?」
男 「ええ。見えるんです」
女 「どんな風に見えるの?」

酔っ払ってはいないようだけど、不思議な話をする男。
さっきまでのふさいだ気持ちが、少し軽くなったような気がする。
女は男の話に身を乗り出した。

男 「本当に、糸がついているんです。赤い糸が小指にね。
   で、糸の先は、恋愛中の人に繋がっているわけです。」
女 「え、運命の人にじゃないの?」
男 「運命の人っていうのは、今そのときに恋愛している人のことなんです。
   これから出会う予定の人にも、もちろん繋がってはいますけれどね。」
女 「それじゃ、糸は一本だけじゃなくて、いっぱい付いているって事?」
男 「そうですよ。僕には、そういう風に見えます。」
女 「じゃあね、私の小指には今、何本ついているの?」
男 「一本ですよ」
 
しばらく、ふたり見つめあう。

女 「そ、そうか・・・じゃ、この一本が無くなったら、もう私に出会いはないってことね?」
男 「そうかもしれないです」
女 「そうかもしれないって・・・本当はどうなのよ」
男 「すみません。僕は、占い師じゃないんです。ただ、赤い糸が見えるだけなので
   なんとも答えようがないんです。
   赤い糸って、面白いんですよ。心のつながりが強ければ強いほど
   太く強く結ばれていく。逆に、心が離れていくと、細くなってしまう。」

男が女に耳打ちする。

男 「ほら、あそこのふたりを見てください」
女 「?」
男 「あそこは、たぶん別れ話をしています」
女 「うそ!」
男 「ホント。今にも糸が切れそうです。」

男が指差す男女は、何事もないように
落ち着いて言葉を交わしている。
普通のデートのように見える。

男 「ああ、切れそうだ」

向かい合って座っていた男女は違う方向を見ながら、立ち上がる。
男が勘定書きを手にして、女に見せる。
うなずく女。そして、カバンの中から財布と小さな箱を取り出す。
勘定の半分の金額のお金と一緒に、その箱を、男に渡した。

男 「おしまいです。糸が今、切れました」

男が支払いしている間に、ひとりでドアから出て行ってしまう女。
箱の蓋を開ける男。指輪が入っている。

女 「別れ話だったんだ・・・」
男 「そうなんです。こういう感じで、糸が見えているのです」
女 「私の糸は、まだ繋がってる?」
男 「ええ。もちろん、細くはなってますが、繋がってますよ」
女 「よかった・・・・」
男 「不思議なものですよ。アツアツでベタベタに見えるのに、糸はか細くて
   いつ切れてもおかしくない恋人同士だとか、お互い愛想なくて言葉もなくて
   一緒にいるのがつまらないように見えるふたりが、実は強く結ばれていたり
   わからないものです。」
女 「なんだか、面白そうね」
男 「そうですか?そうでもないですよ」
女 「自分の糸は見えないの?」
男 「見えますよ。周りの人たちの赤い糸が見えるようになってすぐに
   自分の指にも糸がついていることに気がつきました。
   それで、糸をたどってその先に誰がつながっているか、探したんです。」
女 「会えたの?糸が繋がっている人に」
男 「ええ。会えました。」
女 「そして、好きになった・・?」
男 「(うなずく)もちろん、好きになりました。嬉しかったですよ。
   会うたびに、糸が太くなっていくのが、目に見えましたからね。
   幸せでした。でも、あるとき彼女の指に細い糸が増えていることに気がつきました。
   僕たちを結び付けている糸の太さとは比べられないほどの細い糸でしたが
   気になってしまって・・・・。
   糸は見えているのに、彼女の気持ちを確かめたいという想いが強くなって
   あれこれ、しつこく質問したりして、彼女を不機嫌にさせてしまいました。」
女 「嫉妬?ヤキモチやいたのね」
男 「私のこと、そんなに縛り付けたいの?・・・って、言われましたよ。
   見えない糸で彼女を縛っていたのかもしれないですね。
   そんなことを繰り返すうちに、僕との糸はだんだん細くなってしまって
   代わりに、もう一本の細かった糸が、太くなりだしたんです。
   焦りました。
   なんとか、また僕たちの糸を太くしようとして頑張ってみました。
   だけど、ダメだったんです。
   彼女は僕に対して、変わりなかったのに、僕はひとりで空回りしていました。
   糸が細くなっているだなんて、彼女にはわからない。
   やがて、糸はますます細くなって、今にも切れそうになってきました。」

男、グラスに入った酒を飲む。

男 「その日は朝からなんだか嫌な予感がしていたんです。
   彼女から電話があって、今から会いたいって言うんです。
   糸は、もう本当に切れそうなくらい細くなっていて、僕はなるべくそれを
   見ないようにしながら、彼女に会いに行きました。
   彼女に会って話しをしている間も、泣きそうでしたよ、僕は。
   いろいろなことを、彼女は言いました。僕は彼女を見ることができないで
   うつむいて指の糸ばかりを見つめていました。
   彼女が、僕の名前を呼びました。顔を上げると、彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめて
   さようなら、と小さく言ったんです。
   そのとき
   赤い糸は音もなく切れ、粉のような光の粒に一瞬姿を変えて
   消えてしまいました。」

黙ったままの女に気がつく男。

男 「と、まあ、こんな風に見えるので、あまり面白いわけでもないんですよ」
女 「そうか・・・そうですよね・・・。糸が見えているって、、、良いことなのかしら。」
男 「どうでしょうね。すべて見えることが良いことかといったら
   そうじゃないといいうこともあるし・・。
   ただ、僕は見えている分、その繋がりを大事にしていきますよ。
   切れてしまうことを止める事はできないけれど
   切れないように努めたい、とは思っています。」
女 「そうね。私も、大事にしなくちゃね」
男 「そうですよ。悲しい思いはしないことにこしたことはないですからね」
女 「ありがとう。さっきまで、彼とうまくいかなくて落ち込んでたんだけど
   なんだか気持ちが明るくなったわ」
男 「こちらこそ、御礼を言いたいですよ」
女 「あら、どうして?」
男 「こんな話しを素直に聞いてくれたのは、あなたが初めてですから」

男は笑顔でグラスを上げる。
微笑んでグラスを持ち上げ、乾杯する女。
男が辺りを見渡す。次第に明るくなる店内。
客たちの指に赤い糸がついているのが見えてくる。
そして、カウンターの男と女の間にも
赤い糸が結びついている。

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過去との決別 


お題は、「3日間並んでゲットした福袋に入っていた驚くべき目玉商品とは?!」





その福袋を買うために3日間並ぶ。
なぜ、3日間なのか。

1日目
静かに人が集まり始めた。
店の前で整理券を受け取る。
3日前に並んだという証明書だ。
これが無いと、福袋を買う権利はない。
証明書には、3つの欄が印刷されている。
その初日の欄に、店のスタンプが押されている。
これから3日間、店のスタンプが証明書に押されていく。
3つの欄すべてにスタンプがあれば、3日間並んだという証だ。
何時に店員がスタンプを押しに来るのか、それは秘密のままだった。
並ぶ者は気の抜けないまま、長時間列を離れることもできずにそこに佇む。

2日目
ろくに眠りもしないで夜を明かす。
ある者は空を仰ぎ、ある者は足元を見つめ、ある者は目を開こうとしない。
皆、一つのコトを思いつめている。
その日が来るまで、同じ事を考え、思い出し、自分に問いかける。
いいのか?ここに並んでいていいのか?
拘束されるのは、結論を出すまでに悩みぬけということなのだろうか。
その福袋を買うために、3日間並び、3日間悩む。
それが果たして長い時間なのか、短い時間なのか、誰にもわからない。
眠れないのか、あちらこちらでガサゴソ音がする。
携帯電話でヒソヒソと話していた男が、ゆっくりと、列から離れていった。

3日目
あれほどに長かった人の列が、いつの間にか人数をすぐに数えられるほど短くなっていた。
皆、青白く疲れきった表情なのは、長時間並び続けたという理由だけではない。
最後のスタンプが押され、安堵の吐息と、ますます追い詰められた瞳と。
じっと証明書を見つめたまま、最後の最後まで思い悩む者もいる。
すでに心を決めている者は、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
店のシャッターが、ぎぃぎぃと音をたて、上がり始めた。
誰も何も言わず、静かに引き換えが進んでいく。
3日間並んだ後の数分で、福袋は完売した。

それは、過去と決別できる福袋。
袋の中には 数枚の書類とともに、一枚の往復はがき。

「 このハガキは切り離さずにお出しください
  あなたの氏名・生年月日・現在の住所・電話番号
  記載漏れのないように記入してください 
  すべての手続きが完了した際のご連絡のため
  返信ハガキを新しいご住所に送付させていただきます 」

このハガキを出せば、すべて変わるのだ。
名前も、生年月日も、住所も、学歴も、
すべての記録が別人のものにすりかえられ、
過去の自分とは全く違う人間として、この世に生きることができる。
以前の自分の記録は、永遠に破棄されるのだ。
3日間並びながら、過去と決別できるのかどうか
自分自身が考え、決める。
だが、今こうして福袋を手にしても猶、迷う。

かすかに震える手の中で、たった一枚のハガキが揺れている。
・・・・・? 
下の方に、赤い字で注意書きがされてあるのに、気がついた。

※ 記録の手続き完了の後に
  記憶の消去を開始いたします
  お知り合いの方との接触は  
  お控えになってください   ※


何度も、読み返していた。


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freedom  



その男が初めてこの部屋にきたとき
どことなく自分に似てるような気がした。
しばらく何もしようともせずに
ただ、私を眺めているだけだった。
「脱ぐわよ。それとも、脱がせてくれるの?」
そう言うと、ようやく男はあたしに手をかけた。

ここでいろんな客をとってはいるが
終わったあとで、もう一度会いたくなる客なんていない。
だけど、この男は違った。
上着のポケットから、くしゃくしゃの札を出しながら
「またくる」
と男が呟いた時
あたしの中でなにかが始まった。

この部屋に毎日くる男がいる。
愛人なんて言ってるが実際はあたしの稼ぎを当てにして
美味しい蜜を吸いに来るギャングの下っ端にすぎない。
いっぱしに恋人気取りで、浮気してないかどうか探りをいれる。
たくさんの男と寝ていてもそれは仕事だからかまわないらしい
「オレはおまえを縛る気なんか、さらさらないぜ」
格好いいこと言ってはいるが
自分の金づるを横取りさえしなければ、
誰とどんなことしようが知ったこっちゃないってのが本音なんだろう。
一緒にいるだけで反吐が出そうだ。
こいつと手を切る方法はないものか
ベッドの中でだらしなく伸びている男・・・背中の十字架のタトゥーが
息をするたびにゆっくりと上下に動くのを横目で見ながら
あたしは煙草に火をつける。

「ねえ、最近イヤな客がいるんだけど」
「イヤって、、どうイヤなんだよ」
「金を払わない客」
男がぴくり、と反応する。他のことなら笑って済ますくせに、金のことだと敏感だ。
「ここんとこ、続けて逃げられててさ・・・」
「なんでもっと早く言わねえんだよ」
「ちょっと怖くてさ」あたしは、肩をすくめる。
「次に来るのはいつごろか、わかるか」
「明日の夜」
うなずいて、十字架野郎が言った。
「わかった。オレが行くまで、引き止めておけよ」

車のテールランプが下で止まった。
あたしは窓を開けて叫ぶ。
「誤魔化すんじゃないわよ!こんなんじゃ足りないって言ってるじゃない!!」
男が車から飛び出してくる。
勢いよくドアが開けられた時、あたしは客に殴られていた。
突然、見知らぬ男が部屋に飛びこんできたのを見て、客の動きが止まる。
反撃しようとするあたしを、十字架野郎は押しとどめた。
「何があったんだ?」
「こ、この男が、また金をはらわないで行こうと・・・」
「そうなんですか?お客さん」
下っ端とはいえ、ギャングだ。睨みつけられた客は完全にフリーズしている。
「この女もボランティアで寝てるわけじゃないんでね」
「か、金はちゃんといつも・・・」
「ウソよ!今日は今までの分、はらってもらうわよ!」
あたしの手に護身用の銃が握られているのを見て
十字架野郎の顔から、血の気が失せた。
「おい!そいつをしまえっ」
だが、遅かった。客はゆっくりと腰の後ろから、銃を取り出す。
あたしの銃と客の銃。その銃口は間にいる十字架野郎に向いている。
危険を察知して逃げようとした瞬間
頭に一撃を受けて、十字架野郎は意識を失った。


流れる景色を見ながら風をうけてあたしは車を走らせる。
客はあたしの手で撃たれて死んだ。
目を覚ました十字架野郎が見たのは、血の海に横たわってる客と
煙草を吸ってるあたし。
殺人を犯した女は、もう愛人でも金づるでもないらしい。
「始末しとけよ。オレはもう、関係ないからな」
蒼ざめた顔のまま、あいつは出て行った。
あたしの部屋から、出て行った。
窓の下、急発進していく車のタイヤが軋んだ音をたてるのを聞いて
あたしはゆっくりと、横たわる男にくちづけをした。
彼の頬がかすかに、ゆるんだ。

車は街を抜け、次の街までの道を真っ直ぐに走ってゆく。
あたしは、一人じゃない。
あたしに殺されたはずの男が隣で微笑んでいる。
たどり着いた街でどんな暮らしが始まるのか、あたしにもわからない。
だけど、とにかく。
今は、ここがあたしの居場所だ。
アクセルを踏んで、あたしたちはスピードを上げた。

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手紙 



ある日、私のもとに届いた手紙。
消印を見て、驚いた。 どこを旅してきたのだろう
ずいぶん前の日付になっている。
差出人は、・・・・名前を見て息をのんだ。
その名前には、見覚えがある。なつかしい名前。
ふっと、頬が緩むのを感じて、私は風を見上げる。

彼とは雑誌の文通欄で知り合ったの。
お互いに学校の毎日を書いたり
住んでる街のことを知らせたり
ときには、あこがれてる先輩の誕生日に何を贈ろうか相談したり
けっこう、文通を続けていたんだよ。
彼に好きな人ができたってことも知っていた。
両思いで初めてのデートしたってことも
すごく幸せそうな手紙がきても
ヤキモチとか、うらやましいとか、そんなことちっとも思っていなかった。
なのに
その日の一通の手紙は違ってた。

「彼女が、泣くのです。」
「自分がいるのに、なぜほかの女性と文通を続けるのか、と責めるのです」
「僕はどうしていいかわからないけど」
「とても自分勝手だと思うけど、あなたとの文通をやめたいと思います」
「これが最後の手紙です。勝手なお願いですが」
「返信はしないでください、ごめんなさい」

それまで、楽しい文通をしていたのに
その手紙のおかげで、今までのことはすべてダイナシ。
返事を出したかって?もちろん、出すわけない。
馬鹿にしてるって、思ったもの。

この遅れてきた手紙は、彼が私に出した本当に「最後」の手紙。
どうやら彼は彼女としっくりいかなくなって
それでも、もう一度私と文通することはできないだろうと
お詫びの丁寧な手紙を出したようなのだ。
だけど、彼のこころは、私には届かなかった。
どこでどう止まっていたのか、どこかでひっそりと思い出は眠っていた。
その眠りを覚ましたのは誰なんだろう?
この手紙が自分から誰かに呼びかけたのだろうか。
私のもとへ、彼の気持ちを伝えなくては
私の彼への誤解を少しでも解かなくては
手紙に託された使命が、ほんの少しの奇跡を起こしたのだろうか。

私は彼の言葉を何度もくり返し読む。
彼の真心が、ゆっくりと伝わってくる。
あのとき、すぐにこの手紙を受け取っていても
彼をゆるす気持ちにはなれなかっただろう。
時間をかけて、私もいろんな気持ちを受け入れられるくらいの大人になった。
この手紙はそれを知っていたのだろうか。

過去からの手紙。
今はやさしい思い出だけを呼び覚ます
それは、私のこころのたどってきた道。


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あの桜の樹の下で 


  《「思いがけず告白 」「急いで飛び込んだ」
  「暑いからと言って無邪気に」 「トイレを開けてみると」

  上の言葉をすべて使って 推理小説 風に》





  彼女と会うのは 何年ぶりだろう
  中学校を 卒業して以来だから・・・
  
  計算するまでもない
  僕は まだ大学生になったばかりだ。
  別々の高校に通ったのだから
  彼女と会っていないのは
  その3年間だけ、、、ということになる。

  3年間という時間が 短いのか、長いのか
  それは 彼女と会ってみれば
  答えは簡単に出るのだろう。
  
  あの最後の日
  彼女から、【思いがけず告白】された僕
  それまで、彼女の事を
  まったく意識していなかったといったら
  ウソになる。
  可愛い女の子だった
  長い髪の毛をポニーテールにしていたっけ。

  あのとき、何て言われたのか
  言葉は忘れてしまった。
  というより、最初の言葉だけで
  舞い上がってしまい
  聞いちゃいなかった、というのが正しい。
  
  名前を呼ばれて、振り向いた
  その声の感じが いつもとは少し違ってたから
  予感は あったのだけれども。
  
  「 突然なんだけど・・・」
  なに?
  「 あのさ、今日でもうお別れじゃない?」
  うん、そうだね
  「 わたし、前からあなたのことを」
  ○▲◇※?†△・・・・

  記憶は、そこから すっ飛んでる。
  なんて答えたのか 思い出せないが
  とにかく、高校時代につきあってなかったのだから
  彼女の果敢な試みは
  失敗に終わったわけだ。
  
  それが、まったく突然に
  そう、前回と同じように
  まるっきり 突然に
  昨日、彼女から
  連絡がきたのである。




  「 もしもし、覚えていますか?」
  どこかで聞いたような 声だった。
  「 ほら、、小学校と中学校で一緒だった」
  彼女だ。
  「 ぁあ 久しぶりだね。元気だった?」
  「 うん あなたも?」
   しばらく他愛の無い話が 続いて
   それから、少しの間をおいて
   彼女が早口で 切り出した。

  「 実は  お願いがあるの。あなたじゃないと ダメなの。」
   何だ? 
   僕じゃなかったら ダメなこと?
   途端に、心臓の鼓動が デカクなる。
  「 そう。 小学校が一緒のあなたじゃないと  」  
      
   彼女の話は、こうだ。
   卒業記念で、卒業式の日
   学校の校庭に タイムカプセルを埋めた。
   来年、同窓会を開くので
   それを 掘り起こしたいのだが
   埋めた場所が 今ひとつ正確ではない。
   そこで、僕にも 協力してほしい・・
   学校がらみ。
   色気の無い話だ
   何を 期待していたんだろう。

   そういえば、タイムカプセルを埋めた
   かすかに、そんな記憶は ある。
   しかし、それが どこだったか・・
   咄嗟には 思い出せなかった。
  「 わからないよ 」
   僕は 正直に答えた。
   彼女は 電話の向こうで
   次の言葉を 捜しているようだった。

  「 じゃ、明日、一緒に小学校に行ってみない?」
   こ、これは、お誘いと言ってもいいのか?
  「 うん、そうだね。その場に行ったら、思い出すかもしれないし。」
   
   こうして、彼女と僕は 会うことになったわけだ。
   
   夏の夕方、僕は彼女に会うために
   ドアの閉まりかけた 電車に【急いで飛び込んだ】。
   彼女は この三年間で、どう変わってるんだろう
   僕は、車窓を 眺めやる
   夕陽が あつく揺らめいていた。





  それにしても、彼女との記憶が薄い。
  小学校と中学校の 9年間を
  同じ学校で すごしたというのに
  彼女のことは なにも覚えていないなんて
  これから 会うって言うのに
  失礼なんじゃないか?
  僕は ぼんやり考える
  
  学校が同じでも
  クラスが一緒じゃなかったら
  覚えていないもんだよな
  僕は 3組で
  彼女は・・・・
  彼女のクラスは・・・
  彼女といつも一緒にいた友人は・・・
  彼女のクラブは・・・

  時計の針を逆回転させながら
  僕は 次第に焦りを感じてきた
  知らない
  忘れているんじゃない
  知らないのだ
  彼女のことは
  記憶の海のなかに
  なにひとつ 浮かんではこない

  なのに なぜ
  彼女だと わかったんだ?
  声だけで?
  顔も姿もまだ、見ていない
  それなのに なぜ?

  漠然とした不安が
  僕の心に 広がり出した
  それは 白いハンカチに落ちた一滴の血のように
  僕の閉じたまぶたの裏に 広がっていく
  夕陽が 無性にまぶしかった。

  駅について
  電話をしようと思い立った。
  静かなところで 話したかった
  【トイレを開けてみると】 洋式だ
  蓋をさげたまま、僕は腰掛けて
  ケイタイを取り出し、彼女の番号を押した。
  繋がることを 半分祈る。
  あとの半分は このまま電車に乗って
  帰りたいような気持ちの 自分だ。

  繋がった。
  呼び出し音を 数える。





  「 もしもし。」
  繋がってしまった。
  僕は 正直に話した
  記憶が曖昧だということ、手伝えないかもしれないということ
  「 それに・・君の事、覚えてないんだ、よく 」
  「 そうなの?」
  彼女の声に、不思議と 落胆は感じられなかった
  「 でも、とにかく会ってみましょうよ。
     会ったら思い出すかもしれないし・・・ 今どこにいるの?」
  「 駅だよ。」
  「 あら、偶然ね。私も今、駅にいるの。じゃ、駅前で会いましょう 」

  結局、会うことになってしまった
  まぁ いいか。覚えてないという失礼は
  知られてしまったことだし
  僕は のろのろと改札を抜ける。
  一人の女性が、足早に近づいてきた
  「 お久しぶりね。」
  「 こ、こんにちは 」
  彼女・・・なのだろう、長い髪だったはずの少女は
  少し茶色に染めた ショートボブで
  僕を 上目遣いに、見つめている。
  
  僕は、記憶の引き出しをまさぐる
  猛烈なスピードで、あらゆるキーワードを
  鍵穴に 差し込んでみる。
  だが、彼女の記憶は 出てこない。

  「 行きましょう。もうすぐ、日が暮れるわ」
  僕らは、並んで歩き出した。
  こうして、二人で歩いた記憶・・・
  はっきりとはしていないが、頭のどこかに
  そんな記憶が残っているような・・・
  途中、【暑いからと言って無邪気に】彼女はブラウスを脱いだ。
  タンクトップ一枚の彼女から
  不自然に 視線を避けながら
  僕は話題を探した。
  ふと、彼女のスカートを見て 僕の足が止まった
  
  ふわりとした薄いブルーのスカート
  さっき、ここに来る時に飛び乗った電車
  隣の車両に 同じように飛び込んだ女性のスカートの色を
  僕は 目の端で感じていた
  同じ色のスカートだった。

  彼女は、僕のあとを つけていた?





  彼女は、僕のあとを つけていたのだろうか?
  駅にいたのは、偶然なのか?
  記憶が薄い、という僕に
  なぜに、これほど固執するのか?

  「 どうしたの?ほら、そこの先を曲がったら学校よ。」
  彼女が 不審そうに僕の顔を 覗きこむ。
  そして、僕の手をしっかりと握って歩き出した。
  逆らえない、抗えないちからを感じながら
  僕のこころには 言いようの無い不安が満ちてくる。
  そして、とうとう 小学校に着いてしまった。

  夕暮れの校庭。
  日中の暑さを まだ残して揺らめいている陽炎
  その端に、一本の大きな桜の樹が 佇んでいる
  
  彼女は道具倉庫のありかを 知っていたのだろう
  スコップを そこから取り出して  
  桜の樹の下へ 歩いていく。
  「 ねぇ、本当に覚えていないの?」
  振り返った彼女の顔には
  獲物を 追い込んだ狩人のような微笑が浮かんでいる。

  「 ・・・・うん。覚えていない 」
  「 ちょっと 掘ってみない?」
  「 いいのかい、勝手にそんなことして。」
  「 学校の敷地内ってね 」 彼女は桜の樹を見上げながら言う
  「 勝手に掘っちゃいけないんだって。」
  「 そうだろう?」
  「 何が 埋まってるか、わからないから・・だそうよ 」

  僕は 思い出していた。
  彼女と、なにか埋めたことがある
  だが、それが何なのか
  もやもやとした霧が 僕の頭の中を漂っている
 
  「 タイムカプセルだなんて、嘘だよね?」
  彼女が 黙った。
  「 きみと二人で、なにかを埋めたことがある・・それは覚えているよ。」
  彼女が スコップをもちかえた。
  「 だけど、なんだったのか、どこに埋めたのか・・
     それは覚えていないんだ。」

  そのまま、彼女の言う通りに
  掘ってみたら 
  なにを 埋めたのか
  真実が はっきりしただろう
  だが、僕はそれ以上のことは できなかった。 
  しては ならないような気がした。





  「 本当に私のことも、忘れているのね。」
  「 ・・・うん、ごめん。」

  彼女は僕の顔を 哀しそうに見つめる
  「 あなたと私は、幼馴染だったのよ。ずっと一緒だったのに・・・。
  中学校を卒業してから、私は引っ越してしまったけれど。」
  幼馴染?
  それなのに、覚えがないなんて
  どういうことだ?

  「 この間、おばさまにばったり会ったの。そしたら、あなたが・・・」
  僕の母に?会った?きみが?
  「 中学校を 卒業してから、記憶障害に 陥って、
    ある時期のことをすっかり 忘れているんだって、聞いたのよ。」
  
  記憶障害
  そんなことも、あったのだっけ・・・
  遠い思い出のように
  ぼんやりと 僕はつぶやいた。

  「 だから、小学校に来れば何か思い出すかもしれないって、思って。」
  
  僕らは来た道を 戻りながら
  いろいろな 話をした。
  他愛もない話。最近の自分のこと。
  駅に着いて、彼女は 手を振りながら言った。
  「 じゃ、また。連絡するわ。何か思い出したら 教えてね。
    あなたのこと、これからも 見守っていくつもりよ。」

  たしかに、記憶がうまく引き出せないでいた。
  それは たぶん、彼女のせいだ。
  僕は 自分の記憶にカギをかけていた。
  忘れたいことを 上手く忘れていたのだ。
    
  彼女は 確かめるために現れた。
  僕が 思い出しているのか、どうか
  黙っていられるのか、どうか
  
  そして、今回は 見逃した。
  
  
  あの日、僕は 彼女の共犯者になった。
  彼女と ふたりで
  なにを 埋めたのか
  僕は これからも 黙っていることだろう
  忘れ続けていくだろう
  真実が 明らかになったとき
  あの 桜の樹の下には
  次は 誰が眠ることに なるのだろうか


                   



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イケドリ物語 


お題 「今日も 空が 青いのは なぜ?」




物憂げな美女がひとり 気だるく片肘ついている昼下がり
目の前の男に、彼女は問う
___ 「 今日も 空が 青いのは なぜ?」

「 それはですねぇ、色というものは、光がなくては在りえないものでして・・・・・」

ふぅ~ん・・・理系なんだわ、このひと。理屈っぽいかも
真面目みたいだし、将来はきっと出世すると思うけど・・・・なんか、つまんない。

彼女は彼の名前の上に棒線を引いた。 ハイ、消えた

次の男に、彼女は問う。
___ 「 今日も 空が 青いのは なぜ?」

「 なぜに、青という名前なのか?そもそも、ものの名前の概念というものは・・・・・」

あらまぁ・・・哲学?これは苦手だわ。こっちの話なんか、聞いてもらえなさそう
いちいち、存在の理由なんて考えて生きちゃいないってば・・・面倒な感じ。

彼女は彼の名前の上に棒線を引いた。 ハイ、消えた

その次の男に、彼女は問う。
___ 「 今日も 空が 青いのは なぜ?」

「 それは、あなたの美しさに空が嫉妬して、蒼ざめているから。あなたの光輝く・・・・・」

うわっ。詩人??なんだか、お尻がムズムズしてきた。これ、毎日はなぁ
しっかし、恥ずかしくないのかな~、本人目の前にして・・・いかん、酔ってる。

彼女は彼の名前の上に棒線を引いた。 ハイ、消えた

ふぅ・・・・ため息吐息
ダメ、今日もいい男には出会えなかったわ
男の数は星の数ほどあれど
いい男を見つけるのは 真砂のなかに豆の粉を探すようなもの
あの人以上の男っているのかしら?
こうまでしてでも、ここにはいたいけど・・・・
そのうち、だめだこりゃ、、って帰っちゃうかもしれないな。

「 かぐや 」
その声に振り返る彼女の瞳には 恋する女の輝き
「 今日の殿方はどうだったかな?」
「 変わりありませぬ 」
「 今日は、どんな無理難題を出したのかね?」
彼女は、彼に問う。
___ 「 今日も 空が 青いのは なぜ?」

「  ああ、青いね。いい空だねえ。気持ちが良くなるね 」

答えになってないっちゅぅ~の・・・でも、これがこの人なのよね
一目ぼれして、追いかけてきたのに
いつまでたっても、気がつかない。
とぼけているのか、ぼけているのか・・・・・

「 翁様。かぐやは、ずっとここに、貴方様といっしょに暮らしとう存じます。」
耳元で熱くささやいて
翁の衣のすそを
そっと、引っ張ってみた。

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あなたへ 


      “ポケットの中から ”  “焼け落ちたそこには”
      “宝の地図”  “ さびれたホテル”

      ・・・・この言葉を使って恋愛小説風に・・





さびれたホテルに泊まった。
さびれたというのは少々語弊があるかもしれない。
建物は古いが客が少ないわけではない。
いや、むしろ夏の観光シーズンには予約がいっぱいで
なかなか泊まれないところらしい。
今はシーズンオフなのだろう。意外にすんなりと予約ができた。
ここは以前は銀行だった建物であちこちにその頃の名残を見る。
分厚い金庫のドアのむこうはカフェになっており
貴重品が眠ってたであろうそこで、今は自分が珈琲をすすっている。
ポケットの中からくしゃくしゃになったメモを取り出す。
かすれた字で宝の地図と書いてある。
自分は子供のころ、このホテルの近くで暮らしていた。
港を背にして坂を上がったところに、蔵のある古い家。
今は誰も住んでいないその家は、市の歴史的保存建物にいつのまにか
指定されて、うっかり手をつけられない状況だ。
あの人も、近くに住んでいた。

小学生のころから高校までずっと一緒だった。
高校を卒業して一度だけ会ったことがある。
港の近くの喫茶店で待ち合わせて
ロープウェーの止まった目の前の山に歩いて登った。
春はまだ気配だけを感じさせ、山には雪が残っていた。
夕暮れだった。
「一番星だよ」
その人が得意げに指差した空に星が光っていた。
先に違う星を見つけていた自分はトントンと肩を叩いて
「あそこにも」その人を振り向かせた。

ふたりは笑って手を繋ぎながら山をおりた。
そのときの思い出のメモを休暇前に見つけたのは
何かの偶然なのだろうか。
その人も今は違う町に移り住んでいる。
ここで会うこともないはずなのに。

「今の季節には珍しく雨ですね」
ホテルの従業員が話しかける。
いつもなら雪が降っている頃だ。
なにか違和感が残っていたのはそのせいか。
夜になって冷えたら雪になるのかもしれない。

その晩、けたたましいサイレンの音で目が覚めた。
火事だ。
すぐ近くの商店街にサイレンが集まっている。
ホテルの中は騒然としている。
いそいで服を着て外へ飛び出すと、すでに野次馬たちが
夜空の明るいほうへと走っている。
自分も走った。
古い商店街だ。子供のころから遊んでいた場所だ。
そこの停留所から路面電車に乗って
あの人と高校まで通った町だ。

炎は建物を呑みつくいていた。
何軒か並んだ店を塊りのまま熔かす。
叫び声、怒号、ささやき、焼ける匂い、水しぶき・・・
それは まるで夢のように続いていった。

休暇が終わって仕事に戻る日。
自分は焼け跡に立っていた。
建物が焼け落ちたそこにはなにも残らない。
思い出は儚い。
だが自分の記憶はこの命が尽きるまでは永遠だ。
あの人も自分との記憶をいつまでも抱き続けてくれているのだろうか。

もう二度と会うことはないかもしれない
あなたへ
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